こんにちは、
ともやんです。
ヘルベルト・フォン・カラヤンは、1908年4月5日、モーツァルトを同じザルツブルクで生まれました。
つまり今月の5日が118回目の誕生日だったのですね。
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今日は、1954年(昭和28年)に単身で来日しNHK交響楽団のライブから、チャイコフスキーの悲愴を聴きました。
カラヤン チャイコフスキー 悲愴 N響 ターニングポイントの名盤
この54年の来日以降、カラヤンの人生が大きく動きました。約半年後にベルリン・フィルの首席指揮者だったフルトヴェングラーが逝去。
そのため翌年のアメリカ公演をカラヤンが受け持つことになり、その流れからベルリン・フィルの首席指揮者に就任します。
僕がクラシックを聴き始めた1970年代は、日本の音楽界はカラヤン中心に回っていたといってもいいくらい圧倒的な存在でした。
カラヤンは1954年の単身での来日以来11回も日本での公演を行っています。
その内70年以降が7回で感覚的には隔年おきに来日していた印象です。
全てがベルリンフィルとで、チケットもそれなりに高額だったと思いますが、完売状態だったようです。
カラヤンは、1989年7月16日に自宅で当時のソニー大賀社長との商談中に急逝というショッキングな最期でした。
まさに生涯現役で、翌年にはウィーンフィルとの来日公演も予定されていたくらいです。
さて、カラヤンは全盛期は帝王と呼ばれ、ベルリン・フィル、ウィーン国立歌劇場、ミラノ・スカラ座、ザルツブルク音楽祭など、音楽界の権威を独占していました。
そのため70年代は、カラヤンを崇拝する人たちに対して、アンチ・カラヤン派が現われ、お互いに侃々諤々の応酬をしていたものです。
そんな意味で、カラヤンのターニングポイントとなった1954年4月26日のN響との録音は聴いておきたいです。
開始早々、ファゴットが音を外し冷ッといますが、引き締まった演奏とデッドな録音からトスカニーニを思わせる名演です。
カラヤン 悲愴 名盤 NHK交響楽団 1954
ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー – Pyotr Il’yich Tchaikovsky (1840-1893)
交響曲第6番 ロ短調 「悲愴」 Op. 74
Symphony No. 6 in B Minor, Op. 74, “Pathetique”
1.(19:39) I. Adagio – Allegro non troppo
2.(09:14) II. Allegro con gracia
3.(08:54) III. Allegro molto vivace
4.(11:12) IV. Finale: Adagio lamentoso
total(48:59)
NHK交響楽団 – NHK Symphony Orchestra
ヘルベルト・フォン・カラヤン – Herbert von Karajan (指揮)
録音: 26 April 1954

カラヤン&NHK交響楽団1954年

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